2026年10月4日巻頭言


        「あなたはどんな歌をささげますか」 草島 豊牧師
<サムエル記下22:17-31>  ダビデは救い出された日に歌を献げた。岩のように堅く立つ神が私を敵から救い、雷のように現れ苦難から引き上げ、弱く貧しくされた民を救い上げ驕る者を引き下ろされる。義なる神は私の盾と。では私自身は神をどう表現するか。▼神は、私たちを決して見捨てない方。罪多き私たちをゆるしの中に置かれ、無条件にゆるされる方。私自身これまで多くの人を傷つけてきた。こんな私を諦めずに用いた神は「無条件」にゆるされる方。神が「無条件」にゆるされるからこそ、そんな神に従っていきたい、従っていって良いのだと安心できる。▼その神は人が神の言葉を聴くように、招き待っておられる忍耐の方。神はこの私を見捨てずに傲慢さを少しずつ明らかにしてくれた。▼神は共におられる方。苦しみの時も、悲しみの時も、喜びの時も。私がバプテスマを受ける決心のきっかけになったのが、共におられる神の姿。イエスは「自分は理解してもらえない」という孤独感を「隣人を理解したい」に変えた。▼そして神は愛と慈しみの方。出エジプト記20章の「十戒」。「殺すな」は、自分は誰かを殺すかもしれない人には厳しい戒めだが、いつ自分は殺されるかもしれない人にとっては愛と慈しみ、解放の言葉。▼わたしのこれまでの人生決して順風でもまかった。傷つけ、傷つけられ、そしてどうすれば良いのか分からなくなることばかり。神は私を安易な道に逃がされなかった。後になってそれが鍛錬であったり、自分自身が何を大切にしているのか、何が苦手なのか、そして自分にはできないことが沢山あり、またできなくてよいことも沢山あることを気づかせた。これらは私が私を知っていくための日々だった。私はいま人生の迷いの中。それでも日々小さな出会いに生かされ、恵みを与えられている。ではみなさんは、どのような言葉を神に献げるでしょうか。