2026年5月3日巻頭言


           「恵みによって」  草島 豊牧師
<テトスへの手紙3:1-11>テトスへの手紙など牧会書簡で勧められていることは主に三つ。「異なる教え」に惑わされないこと。善良な市民としての生活。「健全な教え」を守ること。このとき教会では「異なる教え」を伝える人々が教会の分裂を引き起こしていた。彼らには大まかに二つの傾向があった。一つはユダヤ主義的傾向。もう一つは、自分たちは「特別な知識」を持っていると誇る傾向。▼そしてどちらも「自分たちは特別な存在」であると考え「力」を誇った。ユダヤ主義者は、自分たちこそが神から選ばれた特別な存在と自負し、特別な「知識」を誇る人々は、自分たちこそが真理を知ると考え特別に「霊的」な生活、極端な禁欲生活をしていた。▼1章、2章で相応しいとされている内容には宗教的独特な要素はない。それは「普通に」暮らしなさいということ。「異なる教え」を広める人々は、特別な宗教的霊的生活を強調した。「私たちは特別だ」と。そんな主張に対して「普通に」暮らしなさい、さらに「普通の」生活でいい、特別な資格や特別霊的なふるまいは必要ないと。私たちの救いは「わたしたちが行った義の業によってではなく(3:5)」神の「憐れみによって(3:5)」なのだと。▼この時代が教会の制度化のはじまりと考えられている。歴史を見ると人間は何度も過ちを繰り返してきた。教会が権力となって、信仰とは相容れないような振る舞いもした。その中で宗教改革が起こり、教会の分裂も起こった。人間の営みというのは不完全なもの。「キリストの恵みによって義とされる」恵みとは、そんな不完全な人間の歩み、企てをゆるしてくださること。しかし私たちは「霊的」なふるまいに心惹かれ、知らず知らずに力を求める。そんな私たちに対して、イエスは無力の姿で十字架にかけられ、その無力なイエスをこそ神は引き上げられた。これでいいのだ、と。