2026年2月1日巻頭言


          「青草の上に座らせる」   榎本 恵牧師
聖書:マルコ6:30−44/詩篇23 五千人の給食の物語を詩篇23篇と重ね合わせながら、「足の裏で聖書を読む」信仰について語った。聖書は遠い昔の出来事ではなく、今この時を生きる歩みの中に働く神の言葉である。み言葉は人生の現場で人を励まし、立ち止まらせ、進むべき道を示す生ける声である。主イエスは、押し寄せる群衆を「飼う者のいない羊」のようにご覧になり、深く憐れまれた。ここで用いられる「スプラングニゾマイ」という言葉は、腹わたがちぎれるほどの悲しみを表し、沖縄の言葉「ちむぐるしい(肝苦しい)」に通じる、共に苦しむ憐れみを意味する。これは上からの同情ではなく、共苦のまなざしである。十字架へ向かわれる主ご自身が、その悲しみをもって人々を見つめておられる。夕暮れの中、弟子たちは常識的に「解散させましょう」と提案した。しかし主は「あなたがたが食べ物を与えなさい」と言われる。弟子たちは「ここには何もない」と数えるが、主は「あるもの」を主のもとに差し出すよう求められる。五つのパンと二匹の魚が、感謝の祈りの中で、すべての人を満腹させた。ここで大切なのは奇跡の仕組みではなく、「すべての人が満足した」という事実である。たとえ物が平等に分けられても、感謝がなければ人は満たされない。神の知恵と力による満足がそこにある。主が人々を「青草の上に座らせた」姿は、詩篇23篇の羊飼いの姿と重なる。主は憩わせ、食卓を整え、杯をあふれさせる。そして「恵みと慈しみはいつも私を追う」とあるように、恵みを追うのではなく、主が後ろから追い、導いてくださる。ないものを数えるのではなく、あるものを主に委ね、感謝のうちに歩むとき、真の満足へと導かれる。