2026年1月11日巻頭言


         「福音の初め?―何がはじまるの―」    犬塚 契牧師  
 神の子イエス・キリストの福音の初め。…ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。マルコによる福音書1:1-15  ペトロの通訳であったマルコが福音書を書き残しました。一番弟子ペトロの証言集とも言えますが、しかし、書き出しはマルコの信仰告白です。ただそれは彼の内面的告白にとどまらず教会の信仰宣言でした。大きく息を吸い込んで、静かに力強く吐き出したような1節に、権力者の支配を超えた先を見ていたことを知ります。もともと「神の子」も「福音」も皇帝のものでした。誤用と批判され、拡散されれば“炎上必至”でしょう。恐れることなく書いたか、それとも震えながら書いたか。▲マルコには、パウロたちの宣教旅行に同行しながら途中離脱した過去があります。それは親戚バルナバと宣教者パウロの亀裂のきっかけになりました。彼のすねには傷があります。ゆえにマルコの書き方には慰めを感じます。主イエスの宣教の第一声もしかりです。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」。「神の国」とは、死んだ後にいく安住の場ではなく、地上ですでに始まっている出来事を意味していました。それは、「神の支配」「神様のおとりしきり」のことであり、いわば“神の御想いが実現している状態”です。しかし、現状を見渡してそれはどこにあるのか。ローマの怒号と重税だけでなく、律法をものさしにしての同胞たちの宗教的差別、「罪人」との告発を受ける者の深く傷ついた自己認識…。主イエスの第一声は、そこに届きました。それはこれからの言葉と行いの集約でした。