
| 「主のみ名を呼び求める者」 ヨエル書3章 犬塚 修協力牧師 今日から待降節と世界祈祷日礼拝が開始します。神の御子イエス様が、罪に苦しむ世界に来て下さった事を感謝する黙想と伝道の季節となりました。クリスマスの時期には、互いにプレゼントを贈って「おめでとう」と言います。しかし、この祝福の言葉は、実は、神が人間に呼びかけられた祝福の言葉なのです。天使がマリアに「おめでとう、恵まれた方」と語りかけましたが、それは、まず神が人類を祝福するという神の決心の言葉でした。約二千年前、神の愛と赦しと祝福が、御子を通して、罪人の私たちに届けられました。当時、貧しく、虐待させられた人々の命は、ひどく軽んじられていました。そこに御子は下り、その人々のそばに、静かに寄り添われました。そして私たちにも「大丈夫、私はあなたと共にいる」語りかけられています。私たちは、朝毎に、義の太陽のイエス様を仰ぎながら、その温もりに包まれて生かされています。この「おめでとう」の言葉はヘブライ語でシャロームですが、これは「生のすべての領域において」神の絶大な平安が与えられるという意味です。人生は「四苦」(生きる苦、老いる苦、病の苦、死の苦)などと表現されることがありますが、御子が来られたことで、その苦しみの世界は、光の溢れる命の園と変えられ続けていきます。御子は平和、愛、赦し、慰め、勇気などという花々を、私たちの人生に花咲かせられます。先日、30年ぶりに友人の牧師と会いました。彼は54年前の神学生の時に、突然、ヤクザに襲われ、殺されるという絶体絶命の危機に瀕しました。その時彼は、主イエス様の「彼らのために祈ってあげなさい」というみ声を聴いた気がしたというのです。そこで、ひどく傷つけてきた彼らのために、赦しの祈りを捧げたところ、不思議なことが起こり、命拾いをした経験を涙ながらに、まるで昨日の出来事でもあるかのように語ってくれました。確かに、聖霊が臨むならば、信じられない救いの出来事が起こります。ヨエル書には、聖霊がすべての人に注がれると記されています。私たちに赦しの心がなくても、聖霊にゆだねるならば、奇しい救いが起こります。そのため、神の業を体験するためには、どうしても主のみ名を呼ぶこと、また聖書のみ言を信じることが必要です。主が私たちに何をなそうとしておられるかを真剣に求めることです。主は私たちの切なる叫びと求めに、必ず答えて下さるお方なのです |