
| 「すべて恵み」 市川 牧人 牧師 「わたしは更に、あなたたちが自分で労せずして得た土地、自分で建てたのではない町を与えた。あなたたちはそこに住み、自分で植えたのではないぶどう畑とオリーブ畑の果実を食べている。』」(ヨシュア記24章13節) 父祖アブラハムがその信仰の始めに神の契約を受けた場所シケムで、ヨシュアは再び契約をイスラエルの人々と結ぼうとしています。そこでヨシュアはイスラエルという民族にとって「水を渡る」ことがどれほど重要な出来事であったのかということを振り返ります。なぜヨシュアはそれほどまでに水を渡ることが重要であると語るのでしょうか。それは、水を渡ることは神の恵みの中に突入してゆくということだからです。イスラエルの人々はヨルダン川を渡る前までは、さまざまな危険に囲まれていました。荒野の中で、異教の人々の脅威、豊かな衣食がないことの不足感、決まった場所に定住できない不安が彼らをいつも苦しめていました。しかし、ヨルダン川を渡った先にあったのは自分で労して得たのではない土地や自分で耕したのではない豊かな畑、エリコという要塞都市をも圧倒する神の見守りでした。彼らは川を渡ることで完全な恵みの世界に突入したのです。ですが。これは三千年も前の遠い国で起きた単なる物語ではありません。今を生きるクリスチャンの人生が語られた出来事だったのです。わたしたちにとって「水を渡る」ことは、バプテスマを意味します。わたしたちの人生においてこの瞬間こそ決定的です。それまでわたしたちは、不安や危険、迷いにさいなまれ、いつでも引き抜かれてしまいそうな根無し草でした。ですが、神の言葉によってバプテスマを受けることでイエス・キリストをまとい、主による無尽蔵の励ましと勇気をいただいて生きてゆくことができます。わたしたちクリスチャンの人生はすべて恵みです。いや、クリスチャンに限らず全世界の息とし生けるものは主の創造の恵みによって生きているのです。この恵みをヨシュアがそうしたように人生の最後まで感謝するような人生を歩んでゆきたいと思います。 |