
| 「神さまが好きなもの」 市川 牧人牧師 主が心引かれてあなたたちを選ばれたのは、あなたたちが他のどの民よりも数が多かったからではない。あなたたちは他のどの民よりも貧弱であった。 <申命記7章7節> これまでふじみ教会では祈祷会や礼拝で民数記・申命記と読んでまいりましたが、その中でイスラエルの民はいつも神に逆らい、その弱さをさらけ出していました。なぜ神はそんな不完全で弱いイスラエルをご自分の宝(王冠の宝石)の民に選んだのでしょうか?それは、イスラエルの民が神が「好きなもの」だったからです。神が好きなもの、それは7節で示されているように貧弱であり、いつも自分に頼っていなければ生きていけない弱い人々、そんな存在に神は心引かれるのです。私たちはいつもこの逆を生きようとします。学歴や年収、世の富や名声を求めて私たちは絶え間なく強くなろうとします。ですが、神はそうではなく私たちに弱いままでいることを求めているのです。確かに、聖書で神に選ばれる人々というのはいつも弱さを抱えている人々でした。数が少なく、安定した財産を持たない遊牧民アブラハム、正義感の過剰なモーセ、姦淫の罪を犯したダビデ、当時は社会的に低い立場にあった漁師であるペトロやヤコブ、そして今ふじみ教会に集っている私たちのような弱い存在を神様は愛し選ばれるのです。 この神様のメッセージを80年前の原爆と敗戦を覚えるこの日に受け取りたいと思います。私たちの国は平和のために武力や核に頼るべきなのでしょうか。強くなることで平和をつくってゆくべきなのでしょうか。今日のみことばからまっすぎにこの問いに否と応えたいと思います。私たちは武力や核によって人間的に「強くなる」ことが神のみ旨ではないということを覚えたいのです。私たちは神に好かれ、神に愛され、神が喜んでくださる生き方をしたいと思います。それは強くなるのではなく弱くなっていく生き方です。80年前の出来事を覚える私たち日本のクリスチャンはこのことを身をもって知らされるのではないでしょうか。 |