巻頭言
2013年10月


2013年10月6日

「自由となるために」

犬塚 契

 わたしが言いたいのは、こういうことです。霊の導きに従って歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足させるようなことはありません。・・・肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません。これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。  ガラテヤの信徒への手紙 5章16−26節

 多くのスポーツ選手が、自分なりのルーティンと呼ばれる作業の後、試合に戻る。特徴あるルーティンをもつ選手もいる。野球にしろ、テニスにしろ、バレーボールにしろ、気持ちの切り替えは自動的に起こるではなく、いつもを思い出すきっかけが必要なのだと思う。信仰者もその歩みの中で、自分なりのルーティンがあってもよいと思う。信仰者の作法を丁寧に修練していきたい。▲ガラテヤ書は、自己中心のことを「肉」と表現する。5章には、その自己中心が結ぶ実が列記される。肉(自己中心)には大きな決断も努力もいらない。人生を賭けて、一大決心しなくとも、肉の実は育つ。それは手入れをしない畑地の雑草に似ている。いつの間にか撒きもしないのにはびこっている。対して、霊に導かれて歩むとは、決断的に生きることを表している。「霊の導きに従って」と書かれているのを聞くとなんだか「聖霊」によってのいつの間にか、肉なる人間が愛する人間に代わっていたり、自動的に心が洗われていたり、自然に善き実ができあがっているというようなイメージをいだきやすい。しかし、キリストが与えてくださった自由とは、主体的に生きることであり、善きことを正しく決断できることである。キリストはすでに世に対して勝利をされた。肉が有終の美を飾ることはない。それに信頼して、何度失敗をしても、再び新しく決断していくものでありたい。パウロは5章の終わりを実に具体的な薦めで終えている。 「うぬぼれて、互いに挑み合ったり、ねたみ合ったりするのはやめましょう。」



2013年10月13日

「神と戦って」

犬塚 契

 「もう去らせてくれ。夜が明けてしまうから」とその人は言ったが、ヤコブは答えた。「いいえ、祝福してくださるまでは離しません。」「お前の名は何というのか」とその人が尋ね、「ヤコブです」と答えると、その人は言った。「お前の名はもうヤコブではなく、これからはイスラエルと呼ばれる。お前は神と人と闘って勝ったからだ。」 創世記32章27−29節

 逃亡先ハランを離れて、20年ぶりの故郷への帰路にヤコブはあった。無一文でのスタートから、実に多くの財産と家族を得ての帰郷。しかし、それが拍手喝采の凱旋帰国とならないのは、兄エサウへの恐れからだった。マハナイムにおいて、二組の天の軍勢を見たとき、味方の多さに励まされるよりも、彼は果たして自分がそれにふさわしいものかを問われた。なおヤコブは策を練って、財産を二つに分け、貢物作戦を企て、家族を先に送り、自分は川のほとりで葛藤を繰り返していた。心底震えが止まらない。足が前に伸びない。失敗が責め、生来の罪がうずく。これ以上は先に進めない。かつて、ベテルで経験した恵みのシャワーのような美しい光景はここには広がらなかった。代わりにあったのは、血なまぐさいような格闘だった。痛みがあり、疲労があり、くたくたになるような神の使いとの戦いの中で、ヤコブの存在が取り扱われていく。それは、神ご自身との格闘だった。ヤコブの恐れと不安と乾きは、幻を見ることでなく、生身のできごとの中で満たされるように導かれた。▲格闘の中で神の使いは、問うた。「お前の名は何というのか」。ヤコブは答えた「ヤコブです」。それは、「押しのける者」を意味している。名は彼の生涯を表し、取替えようのない、隠しようのない、変わりようのない、そのままのヤコブをさらす。そうでしかあれなかったヤコブが露になる。脱ぎ捨てることのできないヤコブである。▲エサウとの確執を発端にしたとしても問われるのはエサウでなく、ヤコブと神との関係であった。私は何者なのか、神はどなたなのか…。ヤコブ(押しのける者)を神は祝福なさることはできるのか…。造られ生かされているもの皆が、それぞれの葛藤の中でそれぞれのペヌエルを生きている。▲「いいえ、祝福してくださるまでは離しません」。この在り様。



2013年10月20日

「シオンを忘れない」

犬塚 契

 バビロンの流れのほとりに座り シオンを思って、わたしたちは泣いた。竪琴は、ほとりの柳の木々に掛けた。わたしたちを捕囚にした民が 歌をうたえと言うから わたしたちを嘲る民が、楽しもうとして 「歌って聞かせよ、シオンの歌を」と言うから。どうして歌うことができようか 主のための歌を、異教の地で。                       詩篇137編

 バビロンの占領地への支配の仕方はよく考えられたもので、住む人を入れ替えるような方法だった。主だった人たちは移住を命じられた。詩の読み手もまたその一人だった。バビロンの流れのほとりに座って、エルサレム(シオン)を思って歌い手は泣いた。ふるさとを懐かしむ望郷だけではない、自分たちの不信仰も、神のそうせざるを得なかった心も、他国からの嘲りも、その涙の素となった。かつては、神殿での奏楽者であったであろう彼の楽器は、今はそれができなくなって柳の木に掛けたままだという。ここでの礼拝はふさわしいものとは写らなかった。神を喜ぶに、賛美するにふさわしい場所ではなかった。しかし、ひやかしが入る。上記聖書箇所…「わたしたちを捕囚にした民が 歌をうたえと言うから わたしたちを嘲る民が、楽しもうとして…」▲ナチス政権下、捕らえたユダヤ人ラビに、ナチス兵が次の予定の説教を迫ったという話を思い出した。それは礼拝のためではなく嗤(わら)うためであり、“力”の在りかを知らしめるためだった。冷やかしの兵隊の目と、だらしなく緩んだ口もとは、どうラビにみえただろうか。旧約聖書には、天から火が降って悪が滅ぼされた記録が書かれていたのではないか。“悔しさ”は、そう書く以外の表現がないものだろうか。▲それでも「シオンを忘れない」のである。どうしても忘れないのである。信仰生活は、私たちの“在り様”が問われていることだと思う。どう在れるのか、どう在りたいのか。何に近づく者で在りたいのか。▲たいして自分の思い通りにならないということは、私たちが神ではないことを証明はしても、なお神の手が短いことの証明にはならない。バビロンだろうか、ナチス政権下であろうが、どこにおいても神は神なのであり、生きることから死まで、最初から最後までその支配は変わりない。



2013年10月27日

「いのちある信仰」

犬塚 修

 正しい者は信仰によって生きる。 ローマ書1章17〜18節

 1517年10月31日、カトリックの一青年修道士であったマルティン・ルターがドイツのヴイッテンベルグの城教会の門扉に掲げた95箇条の論題は、眠りこけていた全ヨーロッパを霊的に覚醒した。ついに宗教改革の火ぶたが切られたのである。ルターは命を危険を冒してまで、何を主張したのか。それは、「信仰のみによって生きる」道であった。それまでは、信仰プラス何か(良い行い等)が救いの条件とされていた。だが、この教えは聖書に反しており、民衆は救いの確信を得ないまま、罪の意識に苦悩し続けた。ルター自身も同じであった。ある日、苦悶するルターはロマ1;17〜18を読んで、救いを確信するに至った。そこには、信仰のみで救われると明記されていたからである。彼は長年、悩んでいた罪責感と束縛感から解放され、平和と自由の信仰の旗手となった。私たちが、自分の行いの罪深さに責められ、生きる力をそぎ取られているならば、「信仰のみ」の真理に歩むという人生の海路に、心の船の舵をとらなければならない。「いのちある信仰」の対極には「死に至る信仰」がある。後者は自分の考え方や善行により頼む信仰である。どんなに数多くの善行を積み上げても救いには至らない。善行とは救われた後に、主に捧げる感謝の表現、また捧げ物なのだ。私たちは自分の行いで自分の義を建築する事をやめよう。むしろ、心が砕かれたい。弱く劣ったガラスであっても、砕かれた後は、火で溶かされ、精錬され、より強固な特殊なガラスにも変えられる。私たちの心も主の恵みによって、砕かれる事(自分に死ぬ)事が祝福の要因である。預言者ヨナは主の命令に背いた結果、荒海に投げ込まれてしまった。彼は巨大な魚に飲み込まれ、瀕死の状態となったが、その絶体絶命の大ピンチの中で「救いは主にこそある!」と叫び、命の満ちた信仰を言い表した。彼は最悪の事態が好転し、光が見えていた時にではなく、まさに暗黒の只中で、主を信じ、賛美したのである。これは見事な信仰告白である。その後、ヨナは奇跡的に救出され、熱心な伝道活動に勤しんだ。ヨナは徹底的に自我が粉砕され、主に対して従順な者と変えられたのだ。そこに祝福が満ちあふれた。





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