巻頭言
2021年6月


2021年6月6日

「新しいいのち」

犬塚 契牧師

そして、何度も鞭で打ってから二人を牢に投げ込み、看守に厳重に見張るように命じた。この命令を受けた看守は、二人をいちばん奥の牢に入れて、足には木の足枷をはめておいた。真夜中ごろ、パウロとシラスが賛美の歌をうたって神に祈っていると、ほかの囚人たちはこれに聞き入っていた。突然、大地震が起こり、牢の土台が揺れ動いた。たちまち牢の戸がみな開き、すべての囚人の鎖も外れてしまった。           <使徒言行録16章16-31節>

 パウロの二度目の伝道旅行の記事です。前章には、バルナバとの決別、閉ざされた進路と望まざる予定変更がありました。16章、パウロ一行はヨーロッパへ渡り、フィリピに着いてすぐに利権がらみの妬みによって逮捕され、むち打ちと投獄の目にあうことになります。そして「獄中からの賛美」へとつながっていきます。看守の家族がみな救われるシーンは、とても有名です。▲2000年という時間と地球半周という距離がうまいこと緩衝材となり、「どんな場面でも守られる神様」をそこに見つけることは難しいことではありません。しかし、もし当時の教会でこの一連の報告を聞いたら、どんな反応ができただろうかと思うのです。バプテスト連盟の国外伝道室から届く派遣宣教師の報告を、半ば安心して読んでいます。しかし、パウロの宣教報告はヒヤヒヤしています。開始早々の慰めの子バルナバとの決別には、パウロの自己中心を責めたかも知れません。アジア・ビティニアへの閉ざされた行先は、この旅の祝福を疑ったでしょう。パウロの持病悪化は、バチでもあたったのだとの噂を広めた気がします。つまり上手に受け止めきれない生々しさを感じているのです。そして、「獄中での賛美」もまた、かつては信仰心の篤さ、痛みに対する耐性、それでも湧きあがる喜びゆえと考えていました。おそらくは詩編を歌い、祈っていたのでしょうが、思えば、それもまた生々しい生きた言葉でした。だから、本当は空っぽだったのではないかと思うのです。こぼれ出た恵みの表出でなく、自分の内にすでに答えなく、解決なく、何もない時に初めて賛美は生まれてくるのではないかと。「主イエスよ、きたりませ」(聖書の最後の言葉)▲今日の礼拝の招きの詞。始まりに読んだ詩編40編4節が静かに近づく言葉となります。「わたしの口に新しい歌を/わたしたちの神への賛美を授けてくださった。人はこぞって主を仰ぎ見/主を畏れ敬い、主に依り頼む。」 



2021年6月13日

「神の手触り」

犬塚 契牧師

 初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。…わたしたちがイエスから既に聞いていて、あなたがたに伝える知らせとは、神は光であり、神には闇が全くないということです。 <ヨハネの手紙T 1章>

 当時の手紙の書き方にならえば、書き手と宛先があるはずなのですが、この手紙の始まり方はとても独特です。伝統的に著者は、主イエスキリストの弟子ヨハネと言われてきました。…だとしたら異例の長寿でした。主イエスの十字架刑から60年を経ていたと考えられています。日本は今年、終戦から76年目となります。一世代が過ぎていきます。少し実感が湧くでしょうか。▲「初めからあったもの」とのはじまりは、「初めに言があった」(ヨハネによる福音書1章1節)を思い起こさせますし、創世記1章1節「初めに、神は天地を創造された」まで振り返るような言葉です。1世紀の終わり各地に散らばった教会に異端的な教えが流布していました。この手紙背景に教会の教えの危機が見え隠れしています。心配をすれば切りがなく、ヨハネが自分の残り時間を思えば焦りもするかもしれません。それでも、大きく深呼吸して、吐き出した一言は「初めからあったもの」でした。ため息から始めたのではありません。人の価値観、時代の世界観がいかに変化しようとまた置かれた状況や環境がどんなに揺り動かされようと「初めからあったもの」は変わり得ないのだという信頼・信仰をこの書き出しにみます。神の初めの御想いこそ人を生かすいのちなのだと聞こえてきます。客車のガタゴトいう音、ハエの飛ぶ音、ドアのきしむ音に神を忘れるような横風に弱い存在です。人生八十年の経験を超えて、自分のものさしだけで出来事を捉えることをあきらめて、御子イエスを遣わす神の御想いを静かに思い起こす者でありたいものです。▲痛みや弱さが影となって生きている人のほうが近くにいやすいと思っていました。今もそうです。なのに「神は光であり、神には闇が全くないということです」。しかし、白日の下に照らされることが絶望につながらないのは、神のまなざしが「事実」を貫き通して「真実」を見るからでしょう。事実だけで裁かれている人たちの謝罪を多々見てきました。自分もまた真実に気づかず事実だけで自分を裁き、人を裁いています。神の光に照らされて、「闇が輝く」世界というものがありそうです。しがみつくのはそんな希望です。主イエスによって、「闇の中でも主はわたしを見ておられる。夜も光がわたしを照らし出す。」(詩編139編)という告白に導かれたいのです。



2021年6月20日

「イエスが歩まれたように」

犬塚 契牧師

 わたしの子たちよ、これらのことを書くのは、あなたがたが罪を犯さないようになるためです。たとえ罪を犯しても、御父のもとに弁護者、正しい方、イエス・キリストがおられます。<ヨハネの手紙T 2章1節>

 「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの…」と「わたしたち」から始まった1章から、2章の始めは「わたしの子たちよ」というより個人的な思いを込めた呼びかけに変わります。主イエスの弟子ヨハネを著者とするならば、他の11人はみなすでにこの世を去っていたはずです。1章の「わたしたち」の中には、今は亡き兄弟子たちの顔が浮かびます。主イエスを通して経験した神の手触りは、わたしだけのものではなかったのだという共有の喜びを思い起こしているかのようです。▲2章は、ヨハネ自身が「子たち」へ渾身を書き綴ります。曰く、「あなたがたが罪を犯さないようになるため」。…んっ。なんだか高い塀が急にそびえ立つような気持になります。そんなことができるのでしょうか。自省すると心痛みます。スーと読み飛ばすのでなければ、ハードルが高すぎるではないかと。受けるのは励ましよりも、いささかの落胆です。そんな塀の前で、人間ができる反応は、二つに集約されるように思います。一つは偽善であり、もう一つは自暴自棄です。主イエスキリストは、ルカ18章9節〜神殿で祈るファリサイ派と徴税人の例えを話されました。行いと立場と献金額を誇るファリサイ派と顔を上げて祈ることができない徴税人が登場しています。弁護者主イエスの目線は、深く落ち込みながら、正直に神に祈る徴税人に取り返しがつかないに注がれていました。こういう人が主イエスは好きなのです。徴税人は祈りました。「神様、罪人のわたしを憐れんでください」。徴税人の頭は別として、多くの徴税人は他に仕事が見つからなかった流浪者が多かったようです。誇り高き仕事ではありません。どこからつまづいたのだと省みれば、悲しみがつのります。弁護者が必要です。助けぬしが必要です。▲偽善に走る必要もなし、自暴自棄になって絶望する必要もなし。ただただ神との関係を望み、正直に告白するのみです。悔い改めとは、自分に鞭打って反省し、180度向きを変えて、正しいことを選ぶことではなく、なおつながっているようにとの神の言葉を信頼して聞き続けることなのだと思わされています。


2021年6月27日

「互いに愛し合う」

犬塚 契牧師

 愛する者たち、互いに愛し合いましょう。愛は神から出るもので、愛する者は皆、神から生まれ、神を知っているからです。愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。ここに、神の愛がわたしたちの内に示されました。  <ヨハネの手紙T 5章7-21節>

 歌謡曲の8割は「愛」を歌っているようです。少し割高でお金を貸してくれる会社は、「そこに愛はあるんか」と迫ります。小学校でならったおさるさんの名前も「アイアイ」でした。至るところ「愛・愛・愛」の愛・謳歌の時代を生きています。この空気に違和感を覚え、文字通り「愛に殺されかけている」と嘆いたのはマザーテレサでした。決して潤されること、満たされることを知り得ない自己愛の犠牲をみたのでしょうか。時代の子として、無縁ではいられぬ言葉として心に巡っています。そんな時代に生きるがゆえに「神は愛だからです」とのヨハネの言葉ももうピンとこない、届かぬ言葉に変わったかも知れません。私たちの世界は「愛」に擦れたのです。▲初めてホタルを見た老婦人が、70年も前に宿題で描いたカブトムシのようなホタルがどうして笑われたのか分かったと教えてくれました。一緒に見れて幸せでした。赤道直下に子どもたちは見たことのない「雪」が書けません。空から降る冷たい水の結晶を想像できないでしょう。私も北海道に行くまで、かまくらがどうして崩れないのか不思議でなりませんでした。有史以来、人類が神々に捧げてきた犠牲を思えば、ヨハネが神に見えぬ神、触れ得ぬ神に対して、「愛」という言葉を使った大胆さに驚きます。神の機嫌を損なわぬよう、害さぬよう、怒りを買わぬよう、関心を得るようにあらゆることをしてきたのです。しかし、「愛」とは…。神に対して「愛」ということばを用いたのは、キリスト教がはじめてだったとどこかで読みました。なるほど、2000年前を振り返れば、当たり前の言葉選びではなく、人の想像に浮かんでもこない表現であったのだと思います。ヨハネはどこでそれを知ったのでしょう。▲「神は、独り子を世にお遣わしになりました。その方によって、わたしたちが生きるようになるためです。」隠れたる神、現わしたる神…。神が見え隠れする訳は、人にも神にも何か不都合があってのことでしょう。人間の自由とか自発性が、強すぎる神の顕示によって犠牲になるかも知れません。知ることよりも信じることを神はことさらに喜ばれるようです。そんな神が「独り子」イエスキリストを世に遣わされました。これなら分かるだろうか、これなら伝わるだろうか、神の渾身でした。瀕死の者が、主イエスによって生きるというのです。



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