巻頭言
2017年1月


2017年1月1日

「シメオンの見たもの、聞いたもの」

犬塚 契牧師

シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」                <ルカによる福音書2章>

 シメオンの年齢はあります。彼は、救い主誕生を長いこと待った様子があります。そして、「今こそあなたは、お言葉どおり この僕を安らかに去らせてくださいます。」と語っていますので、やっぱり年老いていたイメージが浮かびます。若い時に気付かなかった、目にも入らなかった、拾いもしなかったことが、年を経て気付くようになり、目が向くようになり、腰をかがめるようになる、私たちの日常のでもありましょう。シメオンは、ローマ帝国の雄叫びを聞きながら、人生を過ごしました。若い同胞が、その壁に立ち上がっては踏まれて終わるのを何度見たことでしょう。そんな場面を過ぎてきた彼の目線は自ずと低く、下へ下へと向けられてきたように思います。幼子イエスに目が向けられるまで、彼はどこを通ってきたのでしょう。ルカは、出会いきっかけと確信とを詳細に記しません。「聖霊が…」を繰り返すのみです。不親切に思える歴史家ルカの記述に戸惑いがありますが、おそらくは私たちの歩みもまた「ことば」を超えて、「聖霊」が示される以外にイエスキリストを知り得ないのだろうと心どこかで合点しています。それにしても、シメオンの祝福の祈りに若い夫婦は傷つかなかったのでしょうか。上記聖書個所を読むと血が噴き出るような激しい祝福を見ますし、これから起こる福音書の出来事の予告を見ます。シメオンの言葉通りとなります。多くの人の思いがあらわにされ、イエスは十字架につけられることになりました。しかし、シメオンは言うだけ言って、あとはさようなら!を喜んだのではありません。人の散々の有様を中に神が届いたことを知って、彼は安らかに去ったのです。神の本気を知ったのです。



2017年1月8日

「二つの歴史の交差点」

犬塚 契牧師

キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから、――この福音は、神が既に聖書の中で預言者を通して約束されたもので、御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められたのです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです。  <ローマ人の信徒への手紙1章>   

 パウロの時代にパピルスに書かれた数百もの婚姻契約書、法的協定書、政治文書、そして個人的手紙などが見つかっている。それによってパウロも当時の手紙の様式に従って書いたことが分かる。すなわち書き手と読み手を最初に書いた。発信者はパウロ、受信者はローマの信徒。しかし、パウロの手紙の場合はあまりに修飾語が多い。その間にいろいろと散りばめている。まず「キリスト・イエスの僕」という書き出し。「僕」とは「奴隷」とも訳せる言葉で率先して書くような言葉ではない。奴隷制のあるローマで自分を奴隷だとわざわざ公言する人もいなかった。しかも彼が主人としたのは三十年前に磔刑にされた囚人だった。しかし、パウロはこの人を救い主だと信じたのだった。どっかで拾ったのでも、思いついたのでもない、旧約聖書の中にたびたび預言され、登場した救い主の影が今やはっきりと描かれた。十字架に架けられ、復活したイエスこそが救い主だと。彼は確かにダビデの子孫から生まれた。イエスキリストの系図を辿るならば、それはダビデやその先まで届くだろう。その彼が産まれ、生き、教え、死んだ…。それだけのハナシか。否、そんな肉の世界、水平の世界、人の世界で始まり終わるのではない。「聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められた」。霊の世界、垂直の世界、神の歴史があり、水平と垂直の交わるその場所にイエスキリストが立っておられるのだと。その方を主として救い主として信じているのだと。その方と私は関係アリなのだと。▲パウロはローマの教会の創立者でもなかったし、行ったこともなかったので、その多くの顔も知らなかったと思う。それでもあまり構わなかったのだなぁと思う。人の穏やかならざる日常と作り続ける危げな歴史。それだけなら、救いはない。ただ悲嘆だ。しかし、それを劈く神の言葉がある。源泉がそこにあると思う。



2017年1月15日

「湧き出るは悪か泉か」

犬塚 契牧師

イエスは言われた。「あなたがたも、そんなに物分かりが悪いのか。すべて外から人の体に入るものは、人を汚すことができないことが分からないのか…」更に、次のように言われた。「人から出て来るものこそ、人を汚す。」 <マルコによる福音書7章>   

 エルサレムから僻地ガリラヤの新進気鋭のラビと理解されていたイエスのうわさを聞いて、律法の専門家が来ました。それは、励ましと応援ではなさそうで、調査、監査に近いものでした。そして、彼らは若い弟子たちの生活の様子を見て、早速、指摘事項を見つけました。「なぜ、あなたの弟子たちは昔の人の言い伝えに従って歩まず、汚れた手で食事をするのですか。」手を洗わない不衛生を指摘されたのではありません。卵一個分ほどの水で手を濡らす宗教的儀式をないがしろにしていると責められたのでした。「あー、分かりました。周知徹底いたします」で済みそうなことですが、この指摘を受けて、納得しなかったのはイエス・キリストでした。電光石火で反論をします。「イザヤは、あなたたちのような偽善者のことを見事に預言したものだ。彼はこう書いている。『この民は口先ではわたしを敬うが、/その心はわたしから遠く離れている。』▲聖さか汚れかの対立で世界を眺め、わずかの水のしきたりで自らを聖いと定める人たちを、遠慮なくイエス・キリストは喝破しました。そこに人の救いはないのでしょう。外からのものは人を汚さない、内からのもの、「口から出てくるもの」(マタイ15章)こそが人を汚すと。…なるほど、もし翻って心の内を見るならば、黒く固まった邪悪がぬぐい切れぬ粘度をもってこびりついています。人を指さしている間は、見なくて済むそれは実に厄介です。▲「これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」…教訓染みた言葉で終わるこの問答に、自らの汚泥に目を落とした自分は置き去りにされた気になります。では、救われようがないではありませんか…と、私が12弟子なら暗澹たる気持ちで問うたでしょう。▲「わたしは聖なる者であるから、あなたたちも聖なる者となりなさい。」(レビ記11章)聖さとは「普通」ではないことを意味しました。ならば、思います。普通じゃない神の愛でないと人など、私など救われ得ないのだと。



2017年1月22日

「神と主イエスキリストを知る」

犬塚 修牧師

「神と私達の主イエスキリストを知ることによって、恵みと平安が、あなた方にますます豊かに与えられますように」<第二ペトロ1章1〜11節>   

 相手を知る事は喜ばしい事である。ましてや、天地創造の神、即ち、主イエスキリストを知る事以上に、すばらしい事はない。イエスが歩まれた愛と苦難、最期は十字架の処刑の真の意味を知ると、私達は神の深遠な愛に触れる。この恵みを深く知るためには、8つの順序の道がある。(1) 信仰ーー疑心暗鬼の心からは何も生まれない。神に信頼し、従う事が、祝福された人生の再出発となる。(2) 徳ーー「力ある業」(3節)と同じ原語である。「棚から牡丹餅」のような、何も努力しない信仰は、実を結び得ない。み言葉に生き、主を伝えていく一生懸命さが大切である。(3)知識ーー特に聖書を深く学びたいものである。(4)自制ーーギャンブル狂や〇〇依存症に打ち勝つ事は容易ではない。どんなに我慢しても、つい、心の弱さで、負けてしまう。「自制」は原語では「神の偉大な力を内に保つ事」である。肉の力でなく、もう一つの力で、悪魔の誘惑にも屈しない強さを得る事が出来る。(5)忍耐ーー愛は忍耐という厳しい形を取る時がある。「帝王蛾」の出生の場面に遭遇した人がいる。蛾の幼虫が、まゆから出るのには、余りにも小さな穴で、苦しそうに感じられた彼は、はさみで、穴を少し広くあけて助けようとした。ところが、その蛾は美しい羽根を張る事もなく、死んでしまった。神は苦しむ人に、苦難に耐える力を与えられる。その愛を信じたる事が大切である。(6)信心ーー「敬虔」とも訳せる。私達の人生や国の精神的な基礎は、全能の神を信じる謙虚さにある。神を信じないならば、人間は自らが神になろうとしたり、又は、誰か他の権力者を神の座につかせ、自分はその奴隷となる危険性がある。そして、良心と理性を失い、狂気と暗愚の闇国家を作り上げる。'(7)兄弟愛ーー互いに相手を尊敬し、楽しく暮らしていく事である。平和に満ちた神の国は、主を知る人の心に生まれる。(8)愛ーーこれはアガペの愛である。人間の愛はエロスの愛の性質が強い。自分にとって価値のある人は大事にするが、魅力のない者には冷たくなる。アガベの愛は感情的でなく、意志的である。イエスの十字架の愛は、苦しみを耐え忍ぶ愛である。なぜ、イエスは、銃殺刑のように、わずかな苦しみによって、贖いの業を完成されなかったのであろうか。その理由は、私達の長く続く心の傷、苦しみを主ご自身が体験し、共に苦しむ為であった。すべての迷い、悲しみ、怒り、失望、痛み、傷、うめき、不条理、矛盾、その他すべての罪を、主は吸い取って、癒される為だ。この主を礼拝して生きたいものである。



2017年1月29日

「善きを見る人」

犬塚 契牧師

しかし、わたしはファラオの心をかたくなにするので、わたしがエジプトの国でしるしや奇跡を繰り返したとしても、ファラオはあなたたちの言うことを聞かない。わたしはエジプトに手を下し、大いなる審判によって、わたしの部隊、わたしの民イスラエルの人々をエジプトの国から導き出す。わたしがエジプトに対して手を伸ばし、イスラエルの人々をその中から導き出すとき、エジプト人は、わたしが主であることを知るようになる。 <出エジプト記7章>  

 エジプトの王ファラオは、太陽神の化身として君臨していました。ファラオは根拠なく強がっていたのではありません。モーセとアロンが出かけた先にはすでにピラミッドがそびえ、スフィンクスが立っていました。エジプト文明は、ナイル川の氾濫を予測するために天文学を始め、太陽暦を考え、測量の技術を編み出しました。死者を腐らせない方法を見つけてミイラを作り、文字を使って記録を残し、「黄金のマスク」など掘り起こされた美術品は、今や値段をつけることもできません。エジプトの王ファラオが、奴隷の民の代表であった二人の老人モーセとアロンを前にして、鼻であしらったとしても不思議なことではありません。彼らの後ろにある奴隷の神を無力な存在と解していたことでしょう。ファラオVS奴隷の神は、圧倒的な差があるように見えました。実際に、ファラオはイスラエルの民を簡単に去らせはしませんでした。しかし、創世記は書きます。「わたしは、ファラオの心をかたくなに…」。ファラオがかたくななのは、神が働かれているからなのだと伝えます。▲7章から12章までかけて、ファラオと神との力くらべのような記事が続きます。10の災いがエジプトにもたらされていくのです。ファラオは魔術師を通して、当初は同じことができました。杖を蛇にし、ナイル川を赤く染め、大量のカエルをふ化させることに成功しました。しかし、その後はエジプトの技術、魔術では追いつかないのです。それでもファラオはかたくなでした。彼には、実に10の災いが必要でした。▲ほんの少しも降りられないのは、ファラオも私も同じです。10以上の災いを経なければなりません。自分の力の限界が知らされて、はじめて人は手を組むようになるもののようです。私は神でなく人であると認めるべき時があります。しかし、それは悲劇でしょうか。それは絶望でしょうか。もし、神を知るとはそういうことだとすれば、祝福と言えるでしょうか。。




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