巻頭言
2013年1月


2013年1月06日

「だとしても」

犬塚 契

 牛がいなければ飼い葉桶は清潔だが 豊作をもたらすのは牛の力。 箴言14章4節

 古代パレスチナでは、家畜も一緒に家族のように生活をしていたようで、人が暮らすリビングと家畜の飼育場の間には段差がつけられ、飼葉桶があった。なんだか大きなオイルヒーターが家にあるかのように、冬の寒さも家畜の体温によって、いささか緩んだことと思う。ただ家畜との生活は、汚れる生活でもあった。何も飼わなければ、スペースは広がるし、糞の匂いが染み付くこともないし、いななきで睡眠が邪魔されることもない。家も汚れることはないし、家は清潔に保たれる。しかし、豊作をもたらすのは牛の力と知恵の書である箴言は語る。牛を飼うことは、その鼻息を聞くことであり、ゲップを嗅ぐことであり、糞の匂いがすることであり、それを始末することである。▲2012年を終えることが許され、2013年を生きることも許されそうだ。生きることもまた牛の飼育のように、面倒な出来事に囲まれており、やっかいなことに出会い、様々な臭いが入り混じるような場面がある。知恵の寄せ集めである箴言は、そんな生きることの対処法として、避ける道も近道も教えてくれない。ただ飼い葉桶を汚しながらの生活の中にも、それが豊作に繋がるのだと信じる幸いがあるではないかと薦める。都合のよいも悪いも起こるような、とても操作できないこの世界は、私たちが世界の神ではない事実を指し示す。それでこの世界は、神が独り子を賜ったほどに愛された場所でもある。▲「人生の最も幸福なしゅんかんにも、かすかに悲哀の色が感じられます。どんな満足感に浸っていても、それには限界があることをすでにきづいています。…しかし、どんな命のかけらも、死がほんの少しでも触れていないものはないということが身に染みてわかってくると、私たちの存在の限界を超えた先にまなざしを向けるようになります。」ヘンリーナーウェン



2013年1月13日

「主がおられる所」

犬塚 契

 ヤコブは眠りから覚めて言った。「まことに主がこの場所におられるのに、わたしは知らなかった。」そして、恐れおののいて言った。「ここは、なんと畏れ多い場所だろう。これはまさしく神の家である。そうだ、ここは天の門だ。」 創世記 28章16-17節

 「アブラハム、イサク、ヤコブの神」・・・そう聖書に読むと歴史を通して働かれる神を思い出す。一朝一夕には、神の働きは分からないと理解しながら、日常はごくごく近くのものしか見えない霊的近視に陥ってばかりで、一喜一憂に忙しい。それでも神の歴史性、神の伴走を思い出すと信仰生活とはやはりマラソンだと思う。▲創世記28章は、ヤコブの逃亡の記事。長子エサウの祝福を策略によって父イサクから、強奪したことでヤコブは命が狙われ、故郷ベエルシェバを去った。そこは、家族が暮らすホームであり、神が伴った歴史の証明のような地だった。神の手からこぼれたようなヤコブは、一人怖れと怯えと惨めさの中で「とある場所」(11節)としか言えないような場に着く。彼にとっては、ベエルシェバ以外はみんな「とある場所」でしかなかったのだと思う。19節で実はルズという地名であったと明らかにされるが、渦中のヤコブの心と同期した創世記の書き方の絶妙さに驚く。▲信仰は失いそうなところから始まると読んだことがある。多くの場合、苦難は信仰なき「信仰者」姿を暴露する。しかし、感謝にも神はそこから始められる。故郷も祝福も信仰も失ったようなヤコブに、神は改めて関係のやり直しをオファーされた。祖父アブラハムでなく、父イサクでなく、ヤコブとの関係を見直された。彼は「とある場所」において、天と地が階段でつながるシーンのを夢で見た。そして、上記の聖書個所の感嘆へと続き、そこはベテル(神の家)と名づけられた。▲旧約を超え、新約を知る者にとって、天地をつなぐ階段とはキリストの十字架である。変わらぬ祝福の証拠をそこに見ながら、生涯をどこまでも神を慰めとして歩みを続けたい。



2013年1月20日

「一緒にやろう」

犬塚 契

 すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」         ルカによる福音書 5章10節

 「神を物質を好まれる」と読んだ。当時のギリシア的世界観では、物質は悪であり、精神こそが善とされていた。しかし、ルカの5章はそんな二元的な世界への「良き知らせ」にも聞える。ペトロを弟子にするこのシーンも、まず多くの群集に神の言葉が聞えるように船に乗せてくれないかと頼んだ神の御子イエスキリストの姿がある。彼への励ましでも配慮でもきっかけ作りでもなく、本当に手伝ってほしかったのだと思う。漁に使う船と、手に握られた舵と熟練の操作技術を喜ばれて「一緒にやろう」と声をかけられた。神は物質を好まれる。▲しかし、この時のペトロは夜中を懸命に働いても稼げなかった男である。自分の家族が食べる分も捕れなかった。大漁なら疲れも忘れて市場へ向うところだが、疲労感だけが残った。しかし、彼は真昼間に湖の奥で漁をするようにと常識を破るようなイエスキリストの言葉を聞く。「釣りも知らない田舎の大工が!」と瞬時に思っただろう。「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから…」。ここにはプロが捕れないんだから、今日は捕れないのだとの含みもある。…が、結果は大漁であった。▲ペトロの反応は正直だった。イエスキリストに「離れてください」と頼んだ。宝くじに当たったような感動はなく、恐れが生じてどうしていいのか分からなくなった。すべてがひっくり返った。しかし、イエスキリストはそのまま漁師を続けるように言われた。人間をとる漁師だった。生きてきた所、歩まされた所をひっくり返して絶望するのはやめようと思う。きっとそう望まれていないのだ。物質をも好まれる神の語りかけは、ガリラヤ湖の水面の輝きにまして、キラキラとしている。



2013年1月27日

「いつも喜んでいなさい」

犬塚 修

 主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい。あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう。 フィリピ4章4〜6節

 二千年前のエグナティア街道はヨーロッパからアジアに至る侵略の道であった。アレキサンダー大王やローマ皇帝はこの街道を大軍勢で進軍した。ここには軍事力、権勢、暴力、金、富による支配力の誇示があった。だが、その道を逆に、アジアからヨーロッパへと続く新しい風が吹き始めていた。愛、謙遜、平和の薫風であった。それは、独裁者ではなく、天地創造の神によって、世界は変えられていくという新たな世界観であった。彼らは大軍団ではなく、わずか数名の人達――パウロ一行であった。人を殺す武器を持たず、ただ聖書と祈りと喜びの心だけを有していた人たちであった。この無に見える彼らが、その後の世界の歴史を変革していく。ヨーロッパの最初の開拓伝道はこの街道から生まれた。この道の途中にフィリピという町があった。パウロは世の力がいかに恐ろしく、強大であるかを熟知していたからこそ、霊的武器を持つ事を勧めている。その第一の命令が「いつも喜べ」であった。喜びが失われると心は危険に瀕するからである。「喜び」は幾つかの広がりがある。第一は「寛大さ」である。自他の弱さや失敗に関しては、熟慮、思いやりの精神を持つ事である。律法主義的に、また安易に裁かないように自戒したい。過ちの行いの陰には人に言えない苦しみが隠れている場合があるものだ。第二は「何事も思い煩わず、感謝する」事である。「思い煩い」は「部分に分ける」という原意に由来する。多くの事柄に心が混乱してしまう事である、自分が主にいかに愛されているかを覚える事である。第三に真実、気高さ、正しさ、清さ、愛すべきこと、名誉なこと、徳、賞賛に値することを心に留め、深く瞑想する事である。しかし、私たちは心配事の方に心を向ける弱さがある。気になって仕方がない否定的な事は主にゆだねるべきである。第四に「主にあって、どんな事でも出来る」と確信する事である。私たちは苦しい立場に追いやられる事がある。しかし、どんな境遇にいても、不満に思う事なく、すべてを主に感謝し、満足する事である。「貧に処する道も、富にいる道も知っている」。主が私たちを恐るべき力で強くして下さるからである。ゆえに私たちは感謝に満ちて生きる事が肝要である。





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